シャネルの歴史

シャネルの歴史

シャネル歴史のはじまり、成功にあたっては生涯愛したといわれる恋人アーサー・カペルの出資による力が大きなきっかけです。

(ビアリッツの店跡)

そのチャンスを得る下地として孤児院にいた時代、
仕立て屋で働いていた時代に培った確かな縫製技術があったこと、

最初の愛人エティエンヌ・バルサンに囲われていた時代に
趣味でたくさん作っていた帽子が、世間に強い影響力のある
セレブ、エミリエンヌに気に入られ、出資者である事業家
アーサー・カペルに、売れる才能=実力を認められたからに
他なりません。


女性たちに新しい生き方、新しいスタイルを提案


シャネルの歴史は20世紀ファッションの歴史そのものと
いっても過言ではありません。

ココ・シャネルは当時、ファッションにおいて身につけるのが当たり前とされていたコルセットを「女性を締め付ける不便な道具」としてレッテルを貼り、コルセットを永遠にファッションから追放、現代ファッションの基礎をつくったデザイナーであり、


当時、喪服のみに用いられていた「黒」をシンプル&エレガンス
を追求するファッションとして初めて用いたデザイナーであり

「女性がパンツを履くスタイル」、ハンドバッグに不便を感じたことから「ショルダーバッグ」を生み出すなど

シャネルの歴史は、現代のファッションデザインに基盤を作った歴史ともいえます。




シャネル・スタイル

シャネルは服作りに関して一貫したポリシーを持っています。
それは「女性が美しくそして力強く表現されること、
女のからだと心を解放する」というものです。

ココ・シャネルは唯一のスタイルしかもたなかったと
いわれることが多く、シャネルの真髄は、
「モダン・ライフに適した実用性と機能性、そして遊び感覚」
に尽きます。

着心地重視でありながらシンプル、シック、エレガントな
ファッションスタイルをシャネルは確立しました。

晩年には黄金期を超える作品は発表されなかったものの、
当時社会進出を始めた女性たちや女優などのセレブリティたちは、
シャネルの合理的でエレガントな服を愛し、
シャネルの歴史の功績と共にデザイナー、ココ・シャネル自身も
伝説的な存在となっていきました。

現代に蘇ったシャネル、そして現在

創業者ココ・シャネル死後、シャネルは歴史上しばし低迷期を
迎えます。

1983年に現シャネルデザイナー、
カール・ラガーフェルドが主任デザイナーに就任。

ココ・シャネルの価値観、スタイルを守りながら、時代の空気を取り入れた新しいシャネルを提案。

シャネルブランドに息吹を取り戻すことに成功し、現在のシャネルに至ります。







シャネルの歴史年表

■1910
パトロンの出資によりパリ・カンボン通り21番地に帽子店
「シャネル・モード」オープン。

セレブリティの口コミにより開店前から注文が殺到。

今までの帽子にはない斬新が評判となる。

友人がオペラ舞台に立つ事になりその帽子をデザイン。
舞台で使われた帽子が注目され雑誌に紹介される。以後、店には客が殺到。


■1914
リゾート地ドーヴィルに第1号のファッションブティック
「ガブリエル・シャネル」を開店。

コルセットが「女性服の基本」とされてきたモード界においてコルセットを外し、体を自由に動かす機能性を重視した服をつくる。

シャネルの顧客層にとって影響力の強い貴婦人を顧客に取り込むことに成功し、彼女の連れてくる貴婦人や女優が続々と訪れるようになり、機能性を重視した新しいファッションは圧倒的な成功を収める。

トリコット地を使用しスポーティーな服作りを始め、
シャネルのマリン・スーツが生まれた。

■1914
第1次世界大戦勃発。
疎開してきた裕福な女性達に日常でも着られる洋服を製作する。

■1916
第1回シャネル・オートクチュール・コレクションを発表。
オートクチュールのデザイナーとして本格的にデビュー。

戦争の影響でトリコット地の入手が困難になり、伸縮性のある生地として当時、男性の下着素材であったジャージー素材に目をつけ、シンプルで着心地がよく、無駄のない、ジャージー素材を取り入れたドレスを提案。

意表をついたコレクションで上流社会の話題を呼ぶ。

シャネルの服が「ハーバース・バザー」誌に初めて掲載され注目を浴びる。

ピアリッツに本格的なクチュールのブティック、
「メゾン・ド・クチュール」をオープン。

パリ・カンボン通りの帽子店もクチュールのブティックに切り替える。

■1921
カンボン通り31番地にブティックを拡張。

ディミトリ大公の影響でロシア風なものに興味を持つ。このロシア・ブームは他のメゾンにも影響を与え、毛皮、刺繍などをふんだんに取り入れたモードが流行する。

最初の香水、「シャネル No.5」を発表。

■1922
香水「シャネル No.22」を発表。続いて
「ガーディニア」(1925)、「ポワ デ ジル」(1926)、
「キュイール デュ リュシー」(1927)、
「シコ モール」「ユンニデ」(1930)、
「ジャスミン」(1932)発表。

■1924
シャネルの香水を扱うバルファン・シャネル社を創立し、社長に就任。

模造宝石の工房を作る。

■1926
リトル・ブラックドレスを発表。
モード誌「ヴォーグ」アメリカ版で絶賛。

模造宝石の工房も軌道に乗り、香水は世界中で飛ぶように売れる。

ジャン・コクトーのギリシャ悲劇「オルフェ」の衣装を担当する。

■1928
ツイードスーツを発表。
ツイードはシャネルのために特別にスコットランドで織り上げられたものが使用された。

■1929
パリ・カンボン通り本店にアクセサリー部門を置く。

「シャネルNo5」が香水で世界一の売上げを達成。

■1930
ハリウッドのプロデューサー、サミュエル・ゴードンの依頼で、スターの衣装制作を引き受けるが、ハリウッド側のニーズと、シャネルのテーマとの間に亀裂が生じハリウッドとの仕事は中断。仕事上初めての失敗。

■1931
映画『今宵こそは』の出演女優グロリア・スワンソンの衣装を手掛ける。シャネルにとって衣装デザインを手掛けた最初の映画。

■1934
コスチューム・ジュエリー専門のアトリエを作り、
コスチューム・ジュエリーコレクションを展開。

モード界にカラード・ストーンとゴールドカラーのロングネックレスをもたらす。

■1935
シャネルの黄金時代。従業員は4,000人に成長。
年に2万8000点もの作品を世界中に発表。

■1937
ジャン・コクトーの舞台劇「エディプス王」の衣装を担当。

■1939
第二次世界大戦が勃発。
香水とアクセサリー部門を残して店を閉める。

※一説には当時、隆盛を極めていたスキャパレリに
負けたためとの話も残る。

■1950
マリリン・モンロー「夜寝るときはシャネルNo.5」の名言を残す。

■1954
カンボン通りの店を再開。

オートクチュール・コレクション復活
モードから遠ざり、70歳になっていたガブリエル・シャネルは
再びモードの世界に戻ることを決意し、カンボン通りの店を再開。

パリでのコレクションは「前時代の亡霊のコレクション」と酷評されるが、女性が社会に進出していたアメリカ市場において受け入れられ、青いジャージー素材のスーツが大ブレイク。

「シャネル・スーツ」と名づけられ、熱愛される。

ファッション雑誌「ハーパースバザー」「ヴォーグ」が絶賛し、
パリにも認められ、シャネルブランドを復活させる。

■1955
アメリカ・ダラスにて「20世紀の最も偉大なクリエーター」として、
モード・オスカー賞を授与される。

男性用オードトワレ「プール ムッシュ」発表。

■1956
シャネル・スーツとともに、チェーンベルト、チェーンネックレス、ブローチが再び大流行。

■1959
ニューヨーク近代美術館に「シャネル No.5」の香水瓶が展示。

■1963
ケネディ大統領暗殺。
ジャクリーン婦人はこのときシャネル・スーツを着て
夫の死を看取ることとなった。

■1970
香水「シャネル No.19」「プール・ムシュー」発表。

■1971
1月10日、住まいを構えていたパリのホテルリッツで
ガブリエル・シャネル急死。

1月26日、シャネル追悼コレクション。大成功を収める。

■1974
オードトワレ「クリスタル」発表。

■1975
ビューティーシリーズ(スキンケア製品、メイクアップ製品)発表。

■1978
プレタポルテライン「シャネル ブティック」発表。
アクセサリーの販売を拡大。世界中にブティックをオープン。

■1981
男性用オードトワレ2作目「アンテウス」発表。

■1983
カール・ラガーフェルドがシャネルのコレクションを担当する主任デザイナーに就任。

パリ・モンテーニュ大通り42番地に、
2番目のシャネル ブティックをオープン。

■1984
香水「ココ」発表。

■1986
香水「No.5 オードバルファム」発表。

■1987
女性用時計「ル タン シャネル」発表。
モンテーニュ大通りに最初のウォッチブティックをオープン。

■1988
アメリカ・ファッションデザイナー委員会(CFDA)」より、シャネルおよびカール・ラガーフェルドに「インターナショナル・ファッション賞 特別賞」授与。

■1989
マルセイユ装飾芸術博物館のモードと衣装部門オープンを記念して、
「シャネル特別 大展覧会」を開催。

■1990
男性用オードトワレ「エゴイスト」発表。
女性用腕時計「マドモワゼル」発表。
ヴァンドーム広場に、ウォッチブティックをオープン。

■1993
ジュエリーコレクション発表。
男性用オードトワレ「エゴイスト プラチナム」発表。

■1994
女性用腕時計「マトラッセ」発表。
日本でのシャネルブティック本店(銀座並木通り)を開店。

■1995
シャネルの歴史上、最も人気があった時代。
日本市場にも「シャネラー」と呼ばれる大旋風がおきる。

■1996
ココ・シャネルへの敬意を表し、パリ・ホテルリッツのサロンにて
'96年春夏オートクチュール・コレクションを発表。

香水「アリュール」発表。
開店当時日本最大店舗として大阪・心斎橋店を開店。

■1997
ムートン素材のトートバッグを発表。
通称「ムートンバッグ」は日本市場でも大人気となる。

■1998
パリのヴァンドーム広場にジュエリー専門店をオープン。
この年、未来型バッグ「2005」を発表してモード界に旋風を巻き起こす。

■1999
男性用オードトワレ「アリューム オム」発表。
通称「チョコレートバー・マトラッセバッグ」を発表。
現在でも人気が高いシャネル「ニュートラベル・ライン」発表。

全世界でニューコンセプトのブティックを展開。
建築はピーター・マリノ。

■2001
日本最大の売り場面積を誇る東京・表参道店を開店。

■2002
オードトワレ「ココ モドモワゼル」発表。

■2004
銀座3丁目に銀座シャネルビル・旗艦店を開店。

 

 

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